仙川駅|武者小路実篤公園

実篤公園

 トルストイに傾倒し新しき村の運動などで知られているのが武者小路実篤(むしゃのこうじ さねあつ、1885年5月12日-1976年4月9日)です。志賀直哉、有島武郎らと文学雑誌「白樺」を創刊したことから、文学の教科書などでは「白樺派」に分類されています。
 実篤は水を好み、70歳の時に現在の池のある実篤公園に居を構えました。池にはベンチなども備えられて、悠々と泳ぐ鯉の姿がちょうど実篤邸の横を通る小道からも見えました。道を挟んだ反対側にも池があり、こちらは下の池と呼ばれています。
 近所のいたづらっこ達でしょうか、実篤さんが住んでいた頃には金網にときおり穴が開いていました。池の鯉を狙って釣りでもしたのではないでしょいうか。
 実篤さんが元気なときには朝早く、後ろに手を組んで庭を散歩をする姿がよく見られました。背が高く、静かに歩き野鳥の声などに耳を傾けていたような雰囲気でした。
 その後、実篤邸が調布市に寄贈され、1978年に公園として開園されました。実際に実篤公園に行ってみると分りますが、高台になっている仙川から、つつじヶ丘への下る途中の斜面に実篤邸はあります。旧居から池までも、自然な下りになっていて多くの樹木が茂っています。
 自然のままの雰囲気を好んだ実篤さんの人柄がよく出ていると思います。
 仙川の街は、現在では京王線でいちばんオシャレな街といてもいいすぎではないと思います。安藤忠雄さんが設計した建物が並ぶ安藤忠雄通りや、小劇場、世界的な指揮者の小澤征爾さんの母校である桐朋学園などがあります。京王線で賃貸を探すなら、ぜひ候補に入れて欲しい街です。

実篤公園
実篤公園
実篤公園
実篤公園

 上の写真は実篤公園の入口です。右手の建物は管理事務所です。
 個人の邸宅なので、それほど広くはありませんが、入り口を入るとすぐに案内板が設置されています。
 旧居を使って、文学関係の講演会や文学の集いなども開催されています。基本的にだれでも参加できる催し物が多く楽しめます。
 園内は、それほど手入れがされていなく自然のままの雰囲気がよく残っています。実篤さんの意向がそのまま伝えられているんだと思います。
 仙川駅からは、ところどころに実篤公園への案内板が設置されています。

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